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超高齢未来を創造するジェロントロジー

ニッセイ基礎研究所
前田展弘

1.はじめに~寿命革命と急速な高齢化


戦後まもない1947年の日本人の平均寿命は男性50.06歳、女性53.96歳であり、1950年時点での人口に占める65歳以上の高齢者の割合(高齢化率)は4.9%であった。それから約半世紀を経た2010年の段階では、平均寿命は男性79.64歳、女性86.39歳、高齢化率は23.0%となった 。わずか半世紀の間に我々は、平均寿命の30年延長という驚異的な「寿命革命」を達成するとともに、急速な高齢化を体験したのである。今後も高齢化は確実に進むと予測され、高齢者が人口の3人に1人となるような本格的な超高齢社会も近い将来訪れることになる。


高齢化していくこと、つまり長生きできる高齢者が増えていく社会になることは、本来、喜ばしいことである。医学の発展、公衆衛生の整備、社会保障の充実といったことを背景とする先進国ならではの恵まれた事象である。社会の一つの成功の証と言っても良い。しかしながら、必ずしもそのことを手放しで喜べない現実もある。むしろ高齢化を否定し悲観視する見方は強い。それは社会が高齢化により顕在化、潜在化している課題に対してその解が見出せない状況が続いているからであろう。本稿では、日本のこれからの高齢化の特徴と課題を概観した上で、その課題の解決に向けて今注目を集める「ジェロントロジー」について、その役割と期待を論じる。


2.日本のこれからの高齢化の特徴と課題


(1)今後の高齢化の特徴


人口の高齢化は少子化と長寿化が相俟って起こる一つの結果であるが、これからの高齢化においてはいくつかの特徴がある。主だったポイントとして4点挙げておきたい。


①高齢化最先進国の日本


一つは、日本は世界で最も高齢化が進んでいる「高齢化最先進国」であり、これからもそのフロントランナーとして歩んでいかなければならないということである。かつての日本は高齢化の課題の解決に向けて、高齢化が先行していた北欧等の他国を参考にすることができたが、これからの日本はそのことができない。世界が注目する高齢国家のフロントランナーとして日本は未曾有の超高齢社会を世界に先駆けて築いていかなければならない。これからの日本が超高齢社会の成功モデルになれるか、反面教師の失敗事例となるのか、その成否はまさに今の我々の取み組み如何にかかっている。


図1 世界各国の高齢化の推移と推計

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資料:UN,World Population Prospects:The 2008 Revision。ただし日本は、総務省「国勢調査」及び国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2006年12月、中位推計)」


なお、日本は高齢化する「スピード(速さ)」の面でも世界でトップであった。高齢化のスピードは高齢化率が7%から14%に達するまでの年数(倍化年数)で表されるが、例えば、フランスは115年を要したのに対し日本は僅か24年である(今後、シンガポールと韓国が日本のスピードを上回っていくと予測されている)。このスピードが意味するところは、高齢化という社会の変化にどれくらいの準備(猶予)期間があったかということである。日本はこれまで世界のどの国よりも短い時間の中で、病院や福祉施設の整備等、様々な高齢化に伴う社会の変化に対応してきたのである。


表1 先進諸国における高齢化のスピード(倍化年数)

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資料:国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2010)」


②高齢者の高齢化(高齢化の質的変化)~75歳以上高齢者の急増


高齢化のスピードへ対峙してきた日本であるが、今後は高齢者の「規模の拡大」という局面の中で新たな社会づくりを進めていかなければならない。現在、高齢者は5人に1人の割合であるが、今後4人に1人、3人に1人とその割合を高めていく。高齢者の人口が数%の時代と3人に1人が高齢者の時代では、明らかに社会の様相は異なり、高齢者の意識や抱える課題といったことを社会として見過ごせなくなる。市場の形成においても同様である。高齢化の問題は社会にとって古くて新しい重要テーマと言える。では、今後の高齢化はどのような形で推移していくのだろうか。年齢別の人口構成の変化をみると、今後特に増加するのは75歳以上の高齢者であることがわかる。75歳以上人口の割合は2005年の時点では9%であったが、2030年には20%、実数としても1160万人から2266万人とほぼ倍増する。他方、65-74歳の人口はほぼ横ばいに推移する。ちなみに、100歳以上の高齢者は2005年では2.5万人であったが、2030年には27万人、さらに2055年には63万人まで増加すると予測されている。このように確実に日本の社会の姿が変容していくことになる。行政マンあるいは企業の商品サービス開発者等がこれからの高齢化を考える場合は、75歳以上の高齢者が急増していくという事実をしっかりおさえておく必要がある。


図2 年齢別人口構成の変化(推計)

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資料:2005年は総務省「国勢調査」、2030・2055年は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」の出生中位・死亡中位仮定による推計結果


③高齢者世帯の構造変化~独居高齢者の増加


高齢者世帯の構造が変化していくこともこれからの高齢化の特徴である。2005年時点で高齢者世帯に占める独居高齢者の割合は約3割(28.5%)であるが、2030年では約4割(37.7%)に達する。実数としても実に330万世帯増加すると予測されている。高齢夫婦のみ世帯(約3割)も合わせると、2030年には実に高齢者世帯の7割が子供世帯と同居していない世帯となる。核家族化を含め家族関係の変化による結果ではあるが、これらの世帯は何かあったときにとりわけ社会的なサポートを要する世帯であり、当該世帯を意識した社会的なサポート体制の構築が重要となっていく。


図3 高齢者世帯数の推移と推計 

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資料:2000年までは総務省「国勢調査」、2005年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(2008年3月推計)」


④都市近郊地域の急激な高齢化


地域別にみたときにも大きな特徴がある。地方に見られる限界集落(高齢者が半数以上を占める集落)や過疎化の問題は今後も注視すべきことではあるが、今後地域の様相が大きく変化するのは都市近郊地域である。2005年から2015年の高齢者人口の変化をみると、高齢者の増加率の上位を占めるのはいずれも都市近郊地域である。主に高度成長時代に都市近郊に移住してきた世代が高齢期を迎え始めるためである。2012年に入り団塊世代(1947-49年生まれ)が65歳に到達し始めているが、サラリーマンをはじめとする現役生活からのリタイア層のニーズに見合った新たなセカンドライフをどのように社会がサポートしていくか、今日的な喫緊の重要テーマとなっている。


表2 都道府県別の高齢者人口の増加予測 

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資料:国立社会保障・人口問題研究所「日本の都道府県別将来推計人口(2007年5月推計)」


(2)今後の高齢化の課題と可能性


高齢化に伴う課題は幾多もある。マクロな社会的視点では、社会保障費財政の問題をはじめ、高齢者の雇用と労働力減少の問題、高齢者に対する医療・介護の問題(制度設計、提供体制、質的問題等)、高齢者の資金のストック化(経済の停滞化)、高齢者の閉じこもりや孤独死の問題、高齢者の事故・犯罪被害の問題等がある。ミクロな個人の視点からは、リタイア後の居場所・活躍場所・生きがいの確保といったことから、老親の介護の対応(60歳の子供が90歳の親を介護する)、自らの老老介護(認認介護)のリスク対応、老いたときの移動手段及び生活継続手段の確保(特に独居者)、住み替え及び終の棲家の確保、長寿リスクへの対応(主に家計の維持)、認知症になったときのための事前準備を含めた自分らしく最期まで老いるための準備等、細かな視点では幾多も挙げられる。以上のことはそれぞれが重要な問題として捉えることもできるが、「何が問題であるか」を突き詰めて考えると、おそらく次の2点に要約される。


①人生90年時代における生き方の再設計


一つは、「人生90年時代における生き方の再設計」である。個人も社会もその準備が不足していることが挙げられる。2005年時点での死亡時年齢の最頻値は男性が85歳、女性が90歳であり 、平均寿命は今後も延伸していくことが見通されているなかでは、今後も多くの人が80歳、90歳、あるいは100歳といった長寿をまっとうできる可能性が高い。かつての人生50年時代と人生90年時代では生き方はおのずと異なる、逆に言えば、90年という人生の長さがあれば、それに応じた多様な生き方が可能であるにもかかわらず、20歳前後に就職、そして結婚、子どもの誕生と続き65歳で退職、といった画一的な人生モデルから個人も社会も脱することができていない。例えば、人生90年もあれば全く異なる2つのキャリアをもつことも可能で、1つの仕事を終えて、人生半ばで次のキャリアのために学校で勉強し直すという人生設計もありえる。個人は人生の長さを踏まえた生き方の再設計、特に後半生の生き方、暮らし方を再設計すべきであると同時に、社会は個人の自由で多様な生き方を認め、支えるような文化や価値観、制度づくりを進めていく必要がある。


②超高齢社会に対応した社会インフラの再構築


もう一つは、超高齢社会に対応した社会の制度・インフラの見直しというマクロな課題である。前述の人生90年時代の生き方を支える社会の仕組みづくりの視点を含みながら、さらに今後高齢者が3人に1人になる、特に今後75歳以上の高齢者が急増する、あるいは独居高齢者が高齢者世帯の4割を占めるというような今後の高齢化の特徴も踏まえた新たな社会を創造・再生していくことが必要である。いま我々が住んでいる「まち」や社会システムは、若い世代が多く人口がピラミッド型をしていた時代につくられたものであり、社会保障制度を含め、そのシステムの綻びが見え始めている。このままではこれから日本が直面する超高齢社会のニーズやリスクに対応できないことは明らかである。文化や価値観といった次元から、社会保障制度のあり方、住環境のあり方、地域におけるサービス供給のあり方を含めて、社会全体として超高齢社会を見据えた再構築を待ったなしで進めていく必要がある。戦後の復興、高度経済成長を経て、成熟社会下を生きる我々は、生き方、社会のあり方を変容させていく転換期を迎えているのである。


③高齢化課題は日本の可能性


以上のことは、21世紀を生きる我々が直面している極めて大きな課題であるが、そのことは決してネガティブなことだけではない、むしろ大きな期待と可能性があるということを確認しておきたい。前述のとおり、日本は「高齢化最先進国」であり、高齢化のフロントランナーとして先頭を歩む。世界各国も地域差はあるにせよ、ほとんどの国が高齢化していく。特に東アジア各国の高齢化は今後急速に進む。繰り返しになるが、各国は日本の高齢化への対応に注目しており、日本は超高齢国家の手本としてそのモデルを世界に提示していかなければならない。前述の「生き方の再設計」、「インフラの再構築」の大きな課題は、必要性に迫られた課題であると同時に、日本のこれからの発展・可能性に寄与するポジティブな命題でもある。むしろそのように捉えるべきである。ここ5年、10年といった期間の中で、安心で活力ある豊かな超高齢社会の形(社会システム)が構築できれば、それは日本にとって強力なナレッジとなり、元気な日本の復活に大きく貢献できることになる。


④解決の方向・視点


では、どのようにして課題解決に臨めばよいのか。生き方を変える、暮らしを変える、社会を変えていくということが果たして可能なのか。


前述した高齢化が提起する課題は、生活と社会を取り巻くあらゆる要素を内在するとともに、何か一つの領域だけで解決できるような次元にはない。例えば、安心した老後生活を支えるということを実現するには、年金・医療・介護の社会保障制度、現役当初及びリタイアした後の雇用政策、地域における人と人のつながり、市場が供給する商品・サービスのあり方といった様々な側面からの見直しが迫られる。これらの広範多岐にわたる要素が複雑に関連し合う課題を同時に解決していくためには、これからの社会のあり方に関する「理念・ビジョン・価値観」を共有化するとともに、行政・産業界・国民を巻き込んだ形で、あらゆるステークホルダーの「協働」が必要となろう。


これらのことは「言うは易し、行うが難し」がこれまでの実情であったに違いない。特にあらゆる組織に見られる「縦割り」の文化が根強く残る場合、容易なことではない。しかし、これからの超高齢社会のビジョンを示し、社会の協働を促進する起爆剤としていま「ジェロントロジー」が機能し始めている。


3.高齢化課題解決の担い手としてのジェロントロジー


ジェロントロジーはまだ日本では馴染みが少なく、おそらく教育・研究に携わる者、あるいは医療・福祉関係者の中で知られている程度であろう。ただ、世界最長寿国であり、高齢化最先進国である日本だけに、これからジェロントロジーが果たす役割は確実に大きくなっていく。ジェロントロジーとはどのような性質のもので、どのような役割と期待が寄せられるのか、ジェロントロジーの歴史とステータスを含めて、理解を深めていただきたい。


(1)ジェロントロジーの概念・研究範囲


ジェロントロジー(Gerontology)とは「加齢と高齢化に関する学際的学問」である。加齢にともなう心身の変化を研究し、高齢社会に起こるさまざまな問題を解決するための研究基盤である。名称は、老人を意味するギリシャ語のGerontに学を示すologyが接尾した造語である。「老年学」「加齢学」と邦訳されることが一般的であるが、その性質から「長寿学」「高齢学」「熟年学」「創齢学」「人間年輪学」「長寿社会の人間学」「人生の未来学」など多様に訳されることもある。


加齢と高齢化に関するすべての研究を包含するためジェロントロジーが取り扱う研究成果(知見・情報)は極めて広範に及ぶ。加齢とともに、身体・認知機能、人間関係、生活環境(雇用・家計・住居他)がどのように変化するのか、ケアや死をめぐる問題、ジェロテクノロジーと呼ばれる障害を克服・代替する機器について、また、人口、社会保障、医療・介護政策、雇用政策、住居・地域環境、移動問題、高齢者に関する法や倫理面等、高齢社会全体の問題も取り扱う。そのため医学、生物学、心理学、社会心理学、社会学、経済学、工学、福祉学、行政学、法学等、あらゆる専門分野が含まれることになり、ジェロントロジーの教育及び研究を推進していく上では、学際的なメンバーが必須となる。ジェロントロジーはこうした幅広い知見を集積していることに加え、集積した情報をもとに新たな価値・システムの創造を行っていくところに醍醐味がある。


図4 ジェロントロジーの研究イメージ

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資料:ニッセイ基礎研究所作成


(2)ジェロントロジーの歴史とステータス


①米国における発展


ジェロントロジーの発祥は1903年、フランス・パスツール研究所のメチニコフ博士が自らの長寿研究を「ジェロントロジー」と命名したこととされる。ジェロントロジーが発展したのは米国であり、そのきっかけは世界大恐慌(1929年)において、路上にさ迷う多くの高齢者の姿をみた当時の米国連邦政府社会動向調査委員会の責任者であったクラーク・チベット氏が加齢と高齢者に関する研究の必要性を主張したことにある。1938年に米国ミシガン大学にInstitute of Human Adjustment(IHA)が設置され(チベット氏が初代所長に就任)、加齢と高齢者に関する組織的な研究がスタートした。1944年には全米ジェロントロジー学会が発足し、さらにジェロントロジーの発展に拍車をかけたのは、1965年「The Older Americans Act:OAA 高齢者に関する法律」が制定されたことが大きい。そのなかでジェロントロジー教育・研究を推進する旨の記述がなされ、そのための補助金制度が設けられた。その結果、現在では、全米で約300の大学・研究機関でジェロントロジーを学ぶことができる。なお、国連においても1981年の「世界高齢社会会議」でジェロントロジー教育研究を推進する旨の勧告が各国政府になされている。また2003年からはEU(欧州連合)において、各国が共同する形でジェロントロジーを教育する「EUropean Masters in Gerontology(EUMag)」プログラムが展開されている 


なお、米国におけるジェロントロジー研究の質的な発展の経緯を敷衍しておきたい。もともとの高齢者研究は医学や生物学などいわゆるbiomedicalと総称される分野において、加齢に伴う生理的機能の変化や生活習慣病の研究を中心として発達したことがある。生理的老化の原因の解明や生活習慣病の克服をめざす研究者の間では、人間の寿命をどこまで延ばすことができるかという共通の関心があったが、20世紀後半の寿命革命により、この目標はある程度達成された。以降、高齢者研究の課題は寿命を延ばすこと、すなわち量から、高齢者の「生活の質」(QOL)を高めることに移行していく。このことは従来の高齢者研究が疾病や障害など高齢期のネガティブな側面に注目したのとは対照的に、高齢期における可能性、つまり、ポジティブな側面に光をあてることでもあった。この転換には、1987年に学術誌「Science」に発表された「サクセスフル・エイジング」という理念の影響が大きい。高齢期においても健康で自立し社会に貢献できるということを前提にする「サクセスフル・エイジング」の理念は、生産活動から退き、体力も気力も減退し、社会から離脱していくという従来の高齢者通念を覆した。サクセスフル・エイジングは遺伝的要因よりむしろ、食生活や運動、知的活動、自己観、人間関係などの生活習慣によって強く影響されることを科学的データによって説明し、個々人がサクセスフル・エイジングの可能性を最大化するライフスタイルの選択をするよう奨励した。その結果、食生活の改善や運動することを奨励する健康教育は多くの高齢者のライフスタイルに変化をもたらし、自立し生産的であることの必要条件である健康保持・増進に寄与した。サクセスフル・エイジングを実現する研究には、医学だけではなく、いろいろな学問が連携する必要があり、サクセスフル・エイジングの理念のもとに、学際科学としてのジェロントロジーが確立した経緯がある。 


②日本におけるジェロントロジーの動向


筆者の私見になるが、日本におけるジェロントロジーは学会における活動は盛んであったものの、社会的にインパクトを与えるような大きな動きはこれまで僅少であったと言えよう。


ジェロントロジーを推進する学会は、1959年の日本老年医学会の発足を皮切りに、日本基礎老化学会、日本老年歯科医学会、日本老年精神医学会、日本老年社会科学会、日本ケアマネジメント学会がある。これらの6学会をもとに日本老年学会が構成される。また、老年学の応用、社会への還元を目的とする日本応用老年学会(組織形態はLLP)も2006年より誕生した。


ジェロントロジー教育を行う大学はいくつかあるが取り扱いは様々で、医学や社会福祉等の学部・学科の一つの講座として取り扱われることがほとんどである。桜美林大学が唯一ジェロントロジー(老年学)を専攻するコースがあり博士課程まで設けられている(東京大学のジェロントロジー研究・教育の概要については後述する)。研究機関としては、長寿科学振興財団、東京都健康長寿医療センター(旧:東京都老人総合研究所)、ダイヤ高齢社会研究財団等でジェロントロジー研究は行われている。民間シンクタンクとしてはニッセイ基礎研究所のみと言える。


国政レベルの動向としては、1997年(H9)の厚生白書に「老年学(ジェロントロジー)教育講座への期待」と題してジェロントロジーが紹介されたこと、また2005年、当時の内閣府特命大臣が就任記者会見で「ジェロントロジーという学問を推奨すべき」との発言があったことが挙げられる程度である。


日本は世界最長寿国であり、高齢化最先進国であるにも関わらず、ジェロントロジーの研究や教育に関して特段脚光を浴びずに来た経緯にある。このこと自体、課題視すべきことではあるが、ようやく日本にも本格的なジェロントロジー研究拠点が誕生した。それは2006年度に設置された「東京大学総括プロジェクト機構ジェロントロジー寄付研究部門」である。日本生命相互会社・セコム株式会社・大和ハウス工業株式会社の3社の支援により設置された組織で、筆者も中心的な立場でこの立ち上げに参画した。当該研究部門は2006-08年度の時限的な組織であったが、2009年度からは東京大学の恒常的組織として昇格し「高齢社会総合研究機構(Institute of Gerontology)」(以下IOGと称する)という名称に改称された。総合大学として全学を挙げてジェロントロジーに取り組む組織としては、日本の中ではIOGが唯一である。


③高齢化課題解決を目指すジェロントロジーの取り組み


IOGは学内の11研究科、9センター等からジェロントロジー(高齢社会研究、高齢者研究、加齢研究等)に精通した約70名の研究者(教員)で組織される。IOGの活動は、ジェロントロジーを実践すること、つまり高齢化の課題を解決し、安心で活力ある超高齢・長寿社会を創造していくことにあるが、その実現に向けては「学」「知」だけでは当然足りないため、積極的に自治体、行政や産業界との連携・協働をはかっている。


具体的には、地域との連携事業として2009年度より、千葉県柏市とUR都市機構と協働する形で、柏市豊四季台地域を舞台にこれからの超高齢社会に対応したまちづくり(社会実験研究)を進めている。「Aging in Place(住み慣れた地域で最期まで自分らしく老いることができる)社会の実現」を研究理念として掲げ、2013年度を目処に、1在宅医療と連動した地域包括ケアシステムの開発と定着、2生きがい就労事業の開発 、3超高齢社会に相応しい住まいと移動空間の整備を行っていく。これらの取り組みを通じて、地域住民の安心生活と生きがいに満ちたセカンドライフを実現させていく。将来的には、柏市での取り組みを成功させ、その体験・モデルを他地域に広く伝播させていく予定である。


また、産学連携の取り組みも積極的に行っている。2009年度に産学連携組織「ジェロントロジー・コンソーシアム」(2011年度よりジェロントロジー・ネットワークに改称)を形成し、東京大学と企業の「知」を融合させながら、高齢化課題解決に向けた協働を進めている。2012年7月現在は、様々な業界を代表する企業59社が本組織に参画している。2011年3月には2030年を一つのターゲットに据えるなかで、そうした超高齢社会に向けて産業界として何に取り組んでいくべきか、その工程をまとめた「2030年超高齢未来に向けた産業界のロードマップ」を完成させた。現在はそのロードマップにもとづき、具体事業の創造に取り組んでいる。


また、2011年4月からは、東日本大震災の復旧・復興に向けて、岩手県の遠野市、釜石市、大槌町の3市町にて支援事業を展開している。その中では仮設住宅で暮らす住民同士の交流を促し、コミュニティ形成をはかる「コミュニティケア型仮設住宅」プロジェクトを行っている。


図5 東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)のジェロントロジー活動概要

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資料:ニッセイ基礎研究所作成


改めて振り返れば、このような地域や産業界とも連携した地域社会の変革を促す研究活動が展開できるようになったのも、「ジェロントロジー」というプラットフォーム(拠点)ができたからと言えよう。東京大学においても、学部間での縦割風土が根強かった感はあるが、ジェロントロジーという名のもとにあらゆる分野の研究者が交流し合える環境が整えられた。その効果もあり2008年度からは学部を横断する形での「学部横断ジェロントロジー講座」も開講され、ジェロントロジーを学べる教育環境も整えられた。また柏市役所においても、縦割行政の風土は払拭され、前述のようなまちづくりが推進できるようになった。さらに産業界においても、前述の産学連携組織があることで、異業種・他社間での自由闊達な討議や交流が実現できるようになっている。


4.さいごに~今こそ求められるジェロントロジー


これから訪れる本格的な超高齢社会を見据えれば、様々な高齢化の課題解決を実践していくためには、IOGが展開するようなジェロントロジーの活動が社会にとって不可欠である。繰り返しになるが、個人の生き方から地域社会のあり方まで世の中全体を変えていくいには、あらゆるステークホルダー間で共通の目標・理念を共有化して、協働していく取り組みが求められる。しばしば、我々はそうした社会の変革を国政の仕事として割り切り、行政のリーダーシップに依存してしまいがちであるが、そのことを期待して待っていては何も生まれない。特に昨今の国政動向を踏まえれば、このままではあらゆる課題解決が手遅れになってしまう危険がある。高齢化の課題解決は日本の未来社会を創造することでもあるだけに、ジェロントロジーという社会変革を促す実学が日本に早く浸透し、そして、ジェロントロジーにもとづく「課題解決の協働」が全国で展開されていくことを大いに切望する。