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Report

超高齢社会に向けた花王のユニバーサルデザイン

花王株式会社アクティブシニア事業センター
センター長 登坂 正樹
超高齢社会とユニバーサルデザイン

日本の高齢化率は23%強、世界一の高齢化国です。65歳以上の人口は2,948万人(2010年)もあります。今後高齢化はますます進み,2030年には3,685万人にも増えることが予想されています。一方で生産年齢人口は8,173万人(2010年)ですが、こちらは少子化の影響で2030年には6,773万人まで減少することが予想されています。
多くの消費材は15~65歳、いわゆる生産年齢に該当する年齢層のどこかに消費のボリューム層を持っており、そこをターゲットユーザーと捉えて商品開発が行われることが多いように思います。しかし、今後生産年齢人口が大きく減少することを考えると、新たな消費者層として高齢者を捉えなおしていく必要があります。
表-1に年齢別に見た1ヶ月の消費支出を示しましたが、世帯別に見ると、40代、50代の支出が多く、60代以上では平均値を下回るレベルまで大きく減少しています。ところが、これを世帯人数で割って個人に換算してみると、60代が最も支出が多く、70歳以上でも50代とほぼ同等の状況にあることがわかります。もちろん、支出の内訳は違いますので高齢になることによって消費が落ちるモノもあるとは思いますが、全体としての消費レベルは落ちていないということが言えます。高齢になって生活支援や介護が必要となる方もいますが、多くの高齢者は身の回りのことは自分でやり、自活した生活を送っています。子供の自立による世帯人数減少での支出減はあっても、個人としての消費レベルが落ちていないのは至極当然のことのように思います。

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一方、人は誰でも歳を取ると体にいろいろな変化が起こります。足腰が弱くなり、手先の器用さも失われていきます。耳も遠くなり、目も悪くなります。新しいことへの理解も遅くなってきます。その結果、若いころには何とも思わなかったことに不便さを感じる機会が増えてきます。店に並ぶ製品の区別がつきにくくて欲しい物が選べない、初めて買った製品の開け方がわからない・・・。自分の周りが分かりにくかったり、使いにくい物だらけだったりしたら、社会から疎外されているように感じるかもしれません。「年齢を重ねても、いつもでも元気で活動的でありたい」というのは誰しもが思うこと。そこで、毎日使う製品や施設、設備が高齢者にも使いやすいよう十分に配慮されており、何不自由なく暮らせることがとても大事になってくるのです。こういった考え方はユニバーサルデザイン(UD)に通じるものであり、超高齢社会によりよく対応する手段の一つとしてUDが注目されています。
ここで、UDについて少し解説しておきたいと思います。UDは米ノースカロライナ州立大学のユニバーサルデザインセンター所長で、ご自身も障がいを持つ故ロナルド・メイスにより1985年に提唱された概念であり、世の中が多様性富んでいるという大前提のもとに、より多くの人が不自由なく利用できるよう、施設、製品、情報をデザインしていこうというものです。ロナルド・メイスはこの考え方をUDの7原則にまとめて提唱しています。花王は日用品メーカーとして古くからUDに取り組んできました。代表的なものとして、1991年にシャンプーとリンスを識別するためにシャンプー容器の側面に"刻み"を入れた例がわかりやすいかと思います。

花王のユニバーサルデザイン

花王では超高齢社会を迎えてUDの重要性を認識し、積極的な取り組みを行なっています。
花王のUDですが、『よきモノづくりを通してお客さまを"こころ豊かな暮らし"に包括するための活動』と位置付けています。花王の製品は生活に密着した製品ですから、様々なお客さまがお使いになります。その様々なお客さまに同じように"こころ豊かな暮らし"をお届けすることを目標にしています。
花王のUD指針としては、図-2に示す3つを挙げています。まず一つ目は"人にやさしいモノづくり"をすると言うことです。多様なお客さまにふつうに分かりやすく、ふつうに使いやすく、安心して使っていただけることが大事です。花王の製品は多くのご家庭で毎日の様に使われる製品ですから、用途や使い方が分かりやすくて使いやすいこと、安全性への配慮もしっかりとされていて安心して使えることは基本中の基本です。またこう言った配慮が買う、持ち運ぶ、使う、保管する、廃棄するといった製品のライフサイクルの中で実践されていることが大切です。

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図-3は実例ですが、花王ではカテゴリー表示、つまりどの様な用途の製品であるかの表示をすべての製品に表示しています。ここ10年ほどで、店頭での製品の数が物凄く増えています。ブランド単位で増え、更に一つのブランドの中で機能や香りの違いによって複数のアイテムが存在するようになって製品が識別しにくくなってきています。また詰め替えパウチが一般化してきて、販売数量の約8割は詰め替えになってきています。そうすると見た目の形状は一緒ですので、ますます分かりにくくなってしまいます。ご高齢の方が買い物に来た場合、いつもの使い慣れた製品を買いたいだけなのに似たような色、形状の製品が多数並んでいて分かりにくかったり、また最近では男性も普通に家事をやるようになってきていますが、家事初心者だと、お店で何の製品か判別ができなかったりということがおきてしまいます。今までも多くの製品でカテゴリー表記をしてきましたが、一部表記のない製品があったり、書いてある場所がバラバラだったりしました。そこで、2010年にガイドラインをつくって、一定のルールのもとに、すべての製品に分かりやすく表記するようにしました。

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2つ目は"「うれしい」をかたちにするモノづくり"です。毎日使っている製品だからこそ、ふと感じていた不便さが改善されるとうれしいものです。また新製品として、今までにない使用体験を提供されれば、感動してその製品を手放せなくなります。このうれしさや感動が愛着を生んで、永く使い続けていただくことにつながります。日本では製品の欠陥を無くし品質向上に努める品質保証活動の重要性は十分認識されており、これまで日本企業の得意分野として強みにつなげてきた歴史があります。これからは製品の欠陥を直していくだけでなく、更にその先にあるお客さまのうれしいを作り出していく段階にきているのではないでしょうか。
図-4はトイレ用洗剤の詰め替えパウチの例です。詰め替えやすい様に注ぎ口が手で切れるようにしてあるのと、注ぎ口の形状を工夫して、詰替え時にボトルの口に引っ掛けられるような窪みを作っています。また詰め替え方が分かりやすいように、窪みの部分を黄色くマーキングしました。そうしたところ、ご高齢のお客さまから「上手に詰替えることができて感激した」との感謝のお手紙を頂きました。こういったお客さまの声は作り手側にとってはとてもうれしいものです。
この事例での一番のポイントはボトルに引っ掛ける窪みの部分を黄色くマーキングして目立たせた所にあります。この印にお客さまが自ら気づいて利用することでうまく詰替えることができた。ここが大事なように思います。上手に詰替えたのは実はお客さまで、製品側ではそのための手掛かりを与えているだけなのです。ご高齢の方の場合、このようなアフォーダンス性に十分配慮することが必要になってきます。

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3つ目は"人や社会とつながるモノづくり"です。これは豊かな生活体験を提供していくことで、人と製品の関係性の中だけでなく、人と人、人と社会の関係性の中に価値を広げていこうということです。ご高齢の方にとって、日々の暮らしが何不便なく過ごせることはとても大事なことです。足腰が弱ったり、視力が衰えたりしても、自分で買物ができたり、掃除ができたりすることは自信につながります。またこれは、周囲の人とよい関係を保つということにもつながってきます。離れて暮らす家族は安心でしょうし、住まいを居心地よく保っておくことができれば、お客さまも呼びやすいかも知れません。逆に商品を間違えて買ってしまったり、使えなかったりして生活がうまく回らなくなれば、ご本人は残念な気持ちになるだけでなく、歳だから仕方がないと自分を責めてしまいます。その結果社会から疎外されているように感じてしまうかも知れません。UDの活動は、こういった人と人との関係や社会とのつながりの中にまで価値を広げていくものと言うことができます。一つひとつは小さなことでも、積み重ねていくことでソーシャルインクルージョンにつなげていくことができるのではないでしょうか。
最近の事例として、テレビCMに字幕を付ける活動をご紹介します(図-5参照)。日本には聴覚障がいのある方が約60万人いますが、高齢化が進むなかで難聴者は約2,000万人いると言われています。これは人口の約15%に相当します(2003年日本補聴器工業界調べ)。地デジ化に伴い、多くのテレビ番組には字幕が付くようになりました。しかし、放送全体の18%を占めるテレビCMには字幕が付いていないのが実情です。テレビ局毎に放送設備が異なり、放送コードも異なります。このため、テレビ局毎に作成される番組では問題ないものが、複数局をまたがって放送されるテレビCMでは色々と問題が出てくるためです。花王ではテレビCMでの情報格差を是正すべく、2011年の夏から継続的の字幕CMのトライアル放送を行なっており、テレビ局と共に問題解決と字幕CM普及に取り組んでいます。トライアル放送を通じて、字幕CM化の様々な意義が見えてきました。その一つは字幕CM化により、広告を知ることによる情報伝達以上の価値の提供ができるということです。聴覚障がいをお持ちの方からは「買い物をする楽しみが増える」、「家族や友人との話材が増える」、「流行がわかる」、「CMそのものが楽しい」と言った声を多数頂いております。

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また、字幕が有効な様々な状況に対応できるということです。待合室や交通機関内、深夜など音声を消した状態での視聴、屋外や店舗内など騒がしい環境での視聴に対応できるというメリットも挙げられます。これからも、わかりやすい字幕の研究を進め、字幕CM化の実現を推進していきたいと考えています。

ユニバーサルデザイン視点でのモノづくり

UDへの取り組みを通じて、モノづくり全般を考えてみると、
図-6に示したように、人を取り巻く多様性というのは年齢や障がいの有無などのデモグラフィックなものだけではないということです。自然環境、社会環境、習慣などの暮らしそのものの多様性もあれば、価値観、嗜好性、生き様など人としてのあり方も多様であるということです。この様な人を取り巻く多様性を理解するには、結局一人ひとりの生活者を丹念に見ていく必要があります。そうすることで、年齢や障がいの有無など、デモグラフィックな多様性で考えた時に違った状況にある人も、同じ価値観や嗜好性を持っていることがあり、一見バラバラに見える多様な人たちの間につながりが見えてきます。このつながりのあり方によっては、マイノリティに見える人も大きなくくりで捉えることができるのではないでしょうか。

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こういったことを踏まえて、図-7にモノづくりの考え方を示しました。高齢になると従来の製品・サービスのままでは不都合が生じるケースが起こってきます。高齢化の進行により不都合を感じる人数が急激に増えています。花王の消費者相談窓口には年間約14万件ものご意見が電話やメールで寄せられます。ここ数年はご高齢の方からの声が増加傾向にありますが、その声のほとんどは日常的に感じるちょっとした不都合に関するものです。このような不都合をなくし、今ある製品・サービスを改善していくという「改善の視点」での取り組みが必要です。

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改善の視点は重要ですが、従来の製品・サービスの不都合を直すという態度だけで高齢者のニーズに十分対応できるとは思えません。
そこで、新製品開発を通して新しい価値を創造していく「創造の視点」が必要になってきます。高齢者は身体的な感覚の変化・衰えがある一方で多様な経験や価値観を持っており、一般的なユーザーでは顕在化してこない、様々な新しいニーズが顕在化していると捉えることができます。創造の視点での対応の一つは、そのニーズを捉えて「高齢者向け製品・サービス」を開発していこうというものです。「従来の製品・サービス」と切り離して、高齢者市場という見方で考えるケースです。もう一つは高齢者ユーザーをエクストリームユーザーと捉えて、そこで得られたニーズは一般の人々の中では顕在化しにくいが、それを捉えて創造された新しい価値は広く受け入れられると考えて「より広く受け入れられる製品・サービス」の開発につなげて行くケースです。どの対応が良いかはケースバイケースですが、花王の様に日用品を扱っている企業の場合、「より広く」が理想であるように思います。
少し古い例になりますが、1994年に発売された「クイックルワイパー」についてご紹介したいと思います(図-8参照)。クイックルワーパーは掃除機の10分の1以下の重さで、掃除機なみのダスト捕集力を有し、掃除機が入らないせまい隙間や階段、壁、天井も楽にお掃除できるフロア用の掃除用具です。発売後18年になりますが、新しい掃除習慣として定着しており、使用経験者は70%に及びます。軽くて取り回しが楽という商品特長から高齢者にも愛用者が多く、「息子夫婦と同居しはじめた当初は家事に参加できませんでしたが、この製品のおかげで家族から喜ばれる役割ができました」といった好評意見も頂いています。クイックルワイパーは開発の時点で高齢者を特別に意識したものではありませんが、掃除機での掃除の不都合に着目して発想していったことから、こういった製品のニーズは高齢者に顕著だったことが窺い知れます。今後、高齢者を見ることから新しい価値を創造していく可能性を感じさせる例ではないかと思います。

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超高齢化社会に向けた花王のUDというテーマで書き進めてきました。日本は高齢化先進国として世界の注目を浴びていますが、少なからず世界各国で高齢化が進行してくることが予想されています。その中でUDが超高齢社会により良く対応するための有効な手段の一つになるのではと考えております。また、日本においてはUDの概念はロナルド・メイスが提唱する前から、「お客さまへの思いやり」という形で存在しており、きめ細かな配慮や工夫は日本人の得意分野であるように思います。これを「改善」だけでなく「創造」にまで拡張してモノづくりを進めていくことで、超高齢社会に向けたイノベーションにつながり、日本のグローバルな強みにしていけるのではないでしょうか。